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【読書】去年の冬、きみと別れ(中村文則)

 

去年の冬、きみと別れ

去年の冬、きみと別れ

 

 

女性を二人焼き殺したことで死刑判決を受けて拘置所にいる写真家。その一連の流れを小説に書こうと調査を進めるライター。狂気を宿した写真家の姉。あの殺人事件は何だったのか、その真実は一体どこにあるのか。
 
物語の各章のほとんどが一人称である「僕」で語られているのだが、途中から一体どの「僕」の視点で綴られているのか分からなくなる瞬間がくる。その理由は終盤になって登場人物がすべて揃うと明らかになり、糸が繋がったときに驚かされる仕組みになっている。
 
人はどこまでその心に狂気を宿すことができるのだろうか。それはふとした日常の中から芽生えるのかもしれないし、潜在的に誰しもが心の奥底に眠らせているのかもしれない。
 
でも、やはり人を狂わせるのは人、男を狂わせるのは女、魔性的な魅力を持つ女に取り込まれて人生を破壊する男は多いのだろう。破滅した男の復讐心を甘く見てはいけない。やられたことはやり返す執念深い男は多いのである。
 
人の欲望とは、他人が欲する物であったり、他人から羨ましがられたい、といった実は自分自身が心から欲するものではなく、案外そんなものなのかもしれない。幸福の判断基準は絶対的なものではなく相対的なものである。周りの人よりも少しだけ上にいたい、周りの人から認められたい、という承認欲求はやはり人間の本質的なものなのかもしれない。マズロー恐るべし。
 
さて、自分には狂気があるのだろうか、と考えた時、他人から羨望の眼差しを得たい、そんな欲求を持っていることに気が付いた。うん、これは危ない兆候なのかもしれない。他人と比べずに絶対的な柱を自分の内側に持つことって難しいものである。そんなことを考えることになってしまった。