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【読書】希望の糸(東野圭吾)

麒麟の翼』や『祈りの幕が下りる時』などで人気を集めている加賀恭一郎シリーズ。

もう、すっかり阿部寛さんの演技が馴染んでしまっていて、小説でも加賀恭一郎が阿部寛さんで脳内再生されてしまう。

ガリレオシリーズが謎解きを中心に展開する殺人事件ものだとすると、加賀恭一郎シリーズはトリックよりも人間同時の繋がりや愛情ともつれに焦点を当てているので、毛色が全く違う。

本作では日本橋署から本庁捜査一課に戻った加賀恭一郎ではなく、シリーズではお馴染みの従弟の松宮刑事が中心人物。

自由が丘の喫茶店で起こった殺人事件を追いながらも、その途中で自分自身の生い立ちを追いかけることになる。その両方とも「人の生まれの不思議」に関するテーマである。

『生みの親より育ての親』という言葉は、遺伝子よりも環境が大切だと言いたいところなのだろうが、果たして本当に影響を与えるのはどちらなのだろうか。

そして、自分の子だと思っていたが実は他人の子だったら...

それでも育てて行けるものなのか、それとも自分が可愛がれるのは遺伝子が繋がった子孫のみなのか。そして、父親とはいったい何なのか...

自ら望むのではなく、病院側のミスで違う人たちの受精卵を肉体に戻されて出産してしまう、なんてことが起こりえるのか。いや、もちろん人間がやることなので100%はないにしろ、いくら何でも杜撰過ぎるのではないか。

被害者がなぜ殺され、関係者はなぜ一様に事実を隠していたのか、それを知った時には驚きはしたが、すぐに「それはない」と感じてしまった。「人間はミスをするものだから、そういうことも怒りえるかもしれない」と言い出すとキリがない。

この手の人情系小説を読むときには、自分だったらどう行動するか、この登場人物と同じ行動をとるか、などといって楽しむこともある。

しかし、本作ではあまりにもレアケースのことが続くので、誰の行動にも賛同も何もできず、ただ読むだけになってしまった。

生みの親か育ての親か、と聞かれると『7:3で遺伝子』と考えているが、このテーマはすでに「カッコウの卵は誰のもの」で取り上げられていた。

何が正しい、という絶対的なものは存在しない中、思いもよらぬ事態に出会ってしまった人たちの悲しい物語だった。 

希望の糸

希望の糸

  • 作者:東野 圭吾
  • 発売日: 2019/07/05
  • メディア: ペーパーバック
 
カッコウの卵は誰のもの (光文社文庫)

カッコウの卵は誰のもの (光文社文庫)

  • 作者:東野 圭吾
  • 発売日: 2013/02/13
  • メディア: 文庫